石田まさひろ政策研究会

[参議院議員 石田まさひろメールマガジン]Vol.4-094(2016年11月02日発行)

山口県長門市の青海島。市街地から橋をわたって一本道を10分くらい、先端の岬の海岸に2基のお墓が海に向かって並んで建っています。先月、このお墓をお参りにいってきました。

古いほうが「日露戦役常陸丸遭難者の墓碑」

日露戦争開戦後、1000人を超える兵士を大陸に輸送していた常陸丸がロシア艦艇の砲撃を受け沈没し、ほとんどの兵士が亡くなりました。その遺体がここに漂流し、住民たちは浜に丁寧に葬りました。

新しいほうが「日露戦役露艦戦士の墓碑」

いわゆる日露海戦で日本連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を対馬沖で破った際に、戦死してこの浜に流れ着いたロシア兵の遺体を葬り、住民たちが常陸丸遭難者とともに供養を続けています。毎年6月15日には日露兵士合同慰霊祭が行われているそうです。

敵同士であっても、母国を守る兵士たちを分け隔てなく供養する浜の住民たちの思いは、平和を祈る思いだと思います。日露の関係の未来を示しているようにも思えてきます。

はじめて訪れたのですが、場所がわかりにくく、「日露戦没者の墓⇒100m」という看板がなければたどり着けなかったと思います。雨上がりで濡れて滑りそうになる藪の中の細道を歩き、石だらけの海岸にでて初めてお墓参りができました。日露関係や平和を考えるとても良い場所だと思います。道が整備されるともっと多くの方が墓参できると思います。

海に向かって寄り添って建つふたつのお墓に眠る先人たちは、命を失った海をみながら何を想っているのでしょうか。

☆★==陽当たり良好通信====

皆さま、こんにちは、事務所の五反分です。
近年、日本史に関する新資料の発見が進み従来の常識が覆るような事態が多々起きています。例えば、旧一万円札で有名な聖徳太子も、(詳細は省きますが)最近の教科書では「厩戸王(聖徳太子)」というような記述に切り替わりつつあるようです。

また、鎌倉幕府成立は1192年ではなく1185年が新しい定説とか。これなど私の年代にとっては大きなショックです。「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」というゴロ合わせが、ゴロ合わせ史上最高の出来だったからです。それを今さら1185年といわれてもどうもピンときません。7年くらいの違いだったらもう1192年でいいんじゃないの、とまで思ってしまいます。

日本語は習得難度が高い言語だと思います。同じ漢字でも訓読みと音読みがあったり、文脈によって読み方が変わったり。しかし、その性質がゴロ合わせには有利に働いているようです。英米の人はアルファベットによる年代ゴロ合わせをするのでしょうか?

先述の1192年についても、実際日本史について考える際は「鎌倉幕府成立は12世紀後半」ということを思い出せれば大抵実利に適いますので、今だに有用だと思います。

先日、当事務所主催の若者向け勉強会「わかしの会」で、講師が「1914年と言えば・・・」と会場に問いかけました。非常に驚いたのは、手を挙げたのが一人だけだったことです(遠慮していたのかもしれませんが)。もちろん1914年と言えば、第一次世界大戦の勃発年です。私は「行く人よ(1914)二度と帰らぬ世界大戦」と覚えさせられました。若者には忘れてほしくないゴロ合わせです。そしてもう一つ、「戦(いくさ)苦しい(1939)第二次世界大戦」も。

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