石田まさひろ政策研究会

[参議院議員 石田まさひろメールマガジン]Vol.5-106(2017年04月20発行)

近頃、人工知能 (AI) の活用が、医療分野、産業分野を始めとするあらゆる分野で期待され、開発が進んでいます。

先日、産業技術総合研究所と理化学研究所にお邪魔し、これまでのAIの研究開発の成果について話を伺い、実際に色々な技術を見学させて頂きました。

実際にお話を伺ったプロジェクトの一部を紹介します。
・風力発電の設備故障の予知
・自動車の自動走行
・ロボットによる化学実験の機械化
・軽度の認知症患者のロボットによる会話支援
・乳がんの早期発見
・ドローンを用いた橋の老朽化検査

さらに、AIを利用するためには、おおもとで膨大なデータが必要となりますが、そのデータの質を見分けられるようなAIの技術開発も進んでいるそうです。
おおもとのデータが不正確であったり、データの質が悪くては、一般社会にAIが導入された時に事故や誤診などの危険な状況を招いてしまいます。
そのため、そのおおもとのデータは非常に重要で、正確な判断をAIが下せるよう、これまでは研究者などの専門家の目でデータの質を確かめていました。しかし、いずれはそれもAIが人間の代わりにやってくれるのです。
まさに、AIの実用化を補助するAI技術です。

そして、見学に伺い、つくづく実感したのが、これらの躍進するテクノロジーの背景には、多様な領域の研究者一人一人の地道な努力と、各々の知見を領域横断的につなぐ作業が不可欠だということです。数式やプログラムなど基礎を創る研究者と、生活社会に応用させることに長けた研究者が協働し、これまでの研究成果・技術から実現可能なことと、社会のニーズをすり合わせる作業をしているのです。理系と文系の能力が融合してこそAIが実用化されます。

さらに、研究者が安心して開発に邁進できるよう、人間とAIの間に起こる倫理的な問題や、開発の過程で起こる課題への法的整備について省庁や我々議員が同時に進めていかなければならないことも改めて実感しました。

☆★==陽当たり良好通信====

皆さま、こんにちは。事務所の五反分です。

先日、厚生労働省の若手の方々と勉強会を行いました。堅い話を終えて、雑談に移った時、「AI(人工知能)やロボットが進化した社会では、人の仕事が機会に取って代わられる。それでも人がやり続けられる仕事ってなんだろう」という話題になりました。

「看護や介護の仕事は人間でなくては」「国会論戦における答弁をAIが作る時代が来るかも」「ウェートレスのような仕事はたとえロボットが進化してもなくならない。人は人の接客を好むから」など、頭の体操ともいえる話でひとしきり盛り上がりました。

私は、「たとえAIがどんなに進化しても、詩人はなくならないだろう」と思いました。
(ちなみに、石田説では、AIが画家レンブラントの絵画を分析し、レンブラントの新作を思わせる作品を完成させたことから、AIは詩人にもなりえるとのことです。)
過去の詩人たちが残した膨大な韻文のデータから、AIが人の感興を催させる法則を抽出し「詩のようなもの」を作ることはできるでしょう。現在の技術でも十分可能だと思います。しかし、並びたてられた言葉の羅列が一読「詩のようなもの」であったとしても、人の脳髄から絞り出されたものでない限り、それを詩と呼ぶことはできないからです。

酸素と水素を化合させて水を作ることはできます。しかし山登りの苦労のあとに湧水を発見し自分の掌(てのひら)で掬って飲む水は、それと全く別物なのです。

「詩人がAIに取って代わられるか否か」、人が人たるを問う根源的命題かもしれません。

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