石田まさひろ政策研究会

津軽錦

江戸時代中期から津軽藩で飼育されていた古い金魚です。当時は武士だけが飼うことが許されていたそうです。ただ命名されたのは昭和2年。登宮(三笠宮)殿下のお目にかけたときで、この際に「津軽錦」と命名されました。さらにこの金魚が新種だとわかったのが昭和10年。それまで地一兀の人は貴重な金魚と思わず飼い続けたようです。

 

背びれがなく尾が垂れるように長く、掲色から赤色に色変わりする前には、光のあたり方によっては金色に見える珍しい金魚です。文字通り「金」魚ですね。

 

ねぶた祭りの時に現れる「金魚ねぶた」のモデルとも言われています。

 

実はこの金魚、太平洋戦争時に絶減しています。戦後すぐ青森県庁は津軽錦を復活しようとして、津軽錦の親魚をもとめて、新聞・ラジオで県下によびかけて徹底的に捜したそうです。しかし、黒石市で雑種の雌2尾が発見されただけでした。

 

いまの津軽錦は昭和34年にランチュウとアズマニシキ等の混合種をつくり、以後は外界からの金魚の移入を断って累代交配を重ねるという研究を行った結果、28年後(15世代)に品種が完成しました。

 

我が家にもいますが、いま3世代目。今の世代は成長をゆっくりさせているので今年は4代目を生みませんでしたが、ゆっくりと代を重ねていきたいと思っています。

 

最近は、掲色や赤色だけでなく、赤と白のモザイクや透明鱗が入ったものいて、種類に広がりが見えてきました。 歴史を感じながら楽しめる金魚です。

 

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