石田まさひろ政策研究会

[参議院議員 石田まさひろメールマガジン]Vol.7-201(2020年12月10日発行)

[参議院議員 石田まさひろメールマガジン]Vol.7-201(2020年12月10日発行)

臨時国会は閉会しましたが、担当する参議院厚生労働委員会は閉会中審査を行いました。テーマは「新型コロナウイルス感染症対策等」。会期中以外での審査はあくまで例外的であり、開会するためには様々な手続きや多くの人の理解が必要ですが、今回は、この社会状況ですから、当然のように開かれました。

委員会での質問時間は、会派の人数の割合で割り振られるのではなく、野党に重点的に配分します。そのため、今回自民党の割り当てはわずか10分。答弁の時間も含めてですから、実質その半分程度しかありません。それを私が行いました。

ほんのわずかな時間で、看護師をはじめ医療介護現場で働いている皆さんへの支援を政府にどう訴えるか、正直かなり悩みましたが、できるだけリアルにわかりやすく実態を伝えることを中心に質問しました。

あわせて少し先を見て、看護職の資格管理について提案しました。働いていてもいなくても、国家資格を持つ者として、知識やスキルをアップし続けるしくみが必要です。今は一度仕事から離れてしまうと、日々進歩する現場についていく自信を失い、再就職のハードルが高くなってしまっています。自信を持って、働きたい職場に再就職できるためのスキルを保ち続けることが、ひいては看護職不足の解消にもつながります。

今日の様子は、後日、サイトに動画をアップしますので、ぜひ、ご覧ください。

 

☆★==陽当たり良好通信====

皆さま、こんにちは。事務所の五反分です。
先月、熊本県蒲島知事は川辺川ダムの建設を容認しマスコミ各社が大きく報じました。当地のダム計画は古く、昭和の初めにさかのぼるようです。それくらい球磨川流域は洪水多発地域だったわけです。この場で複雑ないきさつには触れませんが、2008年蒲島知事は「ダムに頼らない治水」を目指すとしてダム反対を表明し、2009年民主党政権によって建設事業は中止されました。事の是非を議論するつもりはありません。ただ事実として、その後治水が前進することはなく、「令和2年7月豪雨災害」で多くの死者・行方不明者が発生したのです。

川辺川ダムの建設問題に地域が大きく揺れていた2000年代前半、九州地方整備局の担当所長だった人は、私の親しい友人です。当時、相当な苦労をしていたことを覚えています。だからこそ「ダム建設容認」の報に触れ、私は心に割り切れない思いを感じました。「何を今さら」と。矢も楯もたまらずその友人に電話を掛けました。ありていに言えば「知事に対する悪態」を共有してほしかったのです。

電話に出た彼の言葉は意外なものでした。「あの時、自分にもっと能力と力があって、知事を説得しダムが出来ていたら、70人もの人々の命は失われずに済んだ。責任の重さを感じている」と。確かに知事にしてみれば反対住民の後押しもあり、当時最善の策と信じて建設を中止したのでしょう。私は少し冷静になりました。そして、この人が友であることに感謝と誇りを感じました。

学生時代から真っすぐな人で応援団のリーダーでした。「途上国の人々のために橋や道を作りたい」と言って建設省に入省しました。その後、役人を辞し国際協力機構(JICA)で夢をかなえた後、今は大学の教授をやっています。真っすぐなままで。

 

 

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